おー!都会だ!

1999.3.15

 AM0:45発の列車に乗ってジャイサルメールを離れた。次に向かうのは首都デリー。デリーが最後の訪問地になる。
 車両はもちろん貧乏旅行者の味方である二等寝台車。列車に乗って自分の予約席を探した。すると、私の予約席にすでに誰かが寝ている。何度か席の番号を確認してみたが間違いない。男の寝ている席は絶対に私の席だ。席を取られてなるものか!
「Excuse me. This is my seat!」
「Your reservation?」
「Yes, reservation.」
 男はめんどくさそうに身を起こした。俺の席じゃー! はよ、どかんかい!
 と、その会話を聞いていた車掌が寄ってきて言った。
「おい、日本人、この席で寝るといい。」
 車掌が示したのは女性専用の席で、本来なら男性が座ってはいけない所なのだが、車掌がいいと言うのだから、どうやらそこに寝てもよさそうだ。まわりは女性だらけ。隣には日本人の女性もいる。
 荷物をチェーンで柱に縛り付けて、靴を脱いで、寝袋に入って、いざ寝よう・・・とした時だった。サリーを着たおばさんがすごい剣幕で寄ってきた。
「ここは私の予約席よ! 女性専用席よ! なぜあなたが寝ているの!」
「すいません。すぐどきます。」
 なんで私が謝らないといけないのやら。彼女の予約席なら仕方ない。私はすごすごと退散して、またさっきの男性を起こして、席を空けさせた。
 やっと眠れる。列車で自分の席を確保するのもなにかとめんどくさい。

 朝の6時にオールドデリー駅に着いた。
 旅の途中で、デリーからやって来たという日本人旅行者に、デリーについての印象を何度も聞いていたが、「デリーはいい街だ」という人にほとんど出会わなかった。悪質なリクシャーや客引きや旅行会社、牛の糞だらけ、などなど悪い噂ばかりが目立っていた。
 しかし、それはきっと慣れない国にやってきて初めての都市でだまされる人が多いからだろう、と思った。カルカッタから旅をしてきて最後にデリーにやってきた私にとってはそれほどひどい街には見えなかった。確かに、あの手この手で旅行者を言いくるめようとしてくる輩は多いが、それほどしつこくはない。一方、「一緒に遊ぼうよ」と声をかけてくる無邪気な少年たちにあまり出会わなくなった。しかし、都会には都会なりの楽しさもあるような気がした。

 オールドデリー駅から歩いて、有名な安宿街メインバザールにたどり着き、Navrangという名のホテルに泊まることにした。シングルルーム50ルピー。ベッド1つがやっと入るぐらいの広さで、窓もなく、まるで独房のようである。壁には外国人旅行者が書いたであろう、アニメのキャラクターの落書き。風呂とトイレは共同。
 チェックインの後は、日本人旅行者が集まることで有名なお店Golden Cafeで朝食。そこで知り合ったインド人のおじさんと談笑。その後、彼の店に連れられて行ってみたが、高価なものしか売ってなかった。仲良くなっても、何か物を買わせようとする下心が見えるので、悲しい。
 その後、ラールキラー、デリー城などを観光。

 さて、私は今回の旅行の前に、イベント企画会社を経営する社長から与えられていた仕事があった。報酬も前払いで頂いていた。その仕事とは「できるだけ数多くの若く美しいインド女性の写真を撮る」ということであった。社長は著作権フリーの写真をいくつか用意する必要があることを説明し、私は頻繁にアルバイトでお世話になっていたこともあって快くこの依頼を受けることにした。
 そういうわけで、これまで美しい女性を見かけたらできるだけ写真におさめるように心がけてきた。しかし、インドには女性がいない。いや、いるにはいるのだが、みかけるのは男とおばさんと子どもばかり。年頃の女性に出会うことは非常に少なかった。若い女性はいったいどこにいるのだろうか? それがずっと気がかりになっていて、首都であるデリーに来れば、きっと若い女性も多いに違いないと思っていた。
 デリーには確かに美しい女性が多い気がした。しかし、「写真を撮らせて下さい」と言って、素直に写真を撮らせてくれる人も少ない。旦那さんやお父さんがそばにいたりする。そういう女性に声をかけるのもなかなか勇気のいるものである。
 そこで、ミッションが達成できずに困っていた私は、旅行の日程も押し迫っていたので、現地の人に協力してもらうことを考えた。暇そうにしているリクシャードライバーに声をかけた。
「私は日本のカメラマンです。20才前後の美しい女性の写真を撮りたい。協力してくれないか。あなたがたは女性に声をかけて、私の前に連れてきてくれるだけでいい。」
 最初、彼は困ったような顔をしていたが、やがて彼は承諾した。
「売春宿なら女がいっぱいいるけど、あそこで写真を撮るのは禁じられている。路上で見つけるか、女性店員のいるお店で写真を撮らせてもらうようお願いするのがいい。」
 写真一枚につき5ルピー支払うことで交渉は成立した。
 リクシャーにはもう一人、彼の友人が乗り込んできた。インド人にしてはちょっと珍しく筋肉質な体つきをしており、喧嘩したら勝てそうにない相手だった。それがちょっと怖かった。少し嫌な予感。
 リクシャーは走り出した。しかし、デリー名物の渋滞に巻き込まれてちっとも動かない。彼らは歌を歌ってくれたり、チャーイをおごってくれたりして、私を飽きさせなかった。
「今日はお祭りで、いたるところで通行止めをやっているんだ。だからこんなに渋滞している。」
 と彼は言うが、実際のところはどうなのか疑わしいかぎりである。また、
「今から綺麗な女性の働いているシルク製品店に連れて行ってあげるよ。1、2分だけ喋って、写真を撮らせてほしいとお願いしなさい。写真を撮り終わったら"買う気がない"と言って出てくればいい。」
 そして、長い渋滞を抜けて、とあるシルク製品店に着いた。中に入ると確かにとびきり美人の女性がいた。彼らの言うことは間違ってはいなかった。私は適度に店員と喋って、商品をほめてから、写真を撮らせてもらうようにお願いした。
「あなたはとても美しいですね。写真を撮らせてくれませんか?」
「ノー。私よりもこれらの美しいシルクを撮って下さい。」
 店員の顔つきが厳しくなったので、これ以上お願いする気にならなかった。やっぱりそう簡単に写真を撮らせてくれそうもない。
 で、店を出たら、また別の場所に連れていってもらえると思ったら、彼らがだだをこねた。
「もうお昼だ。私たちは昼ごはんを食べたい。写真を撮るのは諦めよう。今までの料金をくれないか?」
「なんでやねん! まだ一枚も写真を撮ってないぞ。1枚5ルピーと約束したやろ! 1ルピーも払うつもりはない!」
「君もわかってくれるだろう? 渋滞でぜんぜん動けない。もう3時間近く走った。だからお金をくれ。」
 わざと渋滞の道ばっかり通ってたんちゃうんかいな、と思いながらもちょっと彼らがかわいそうな気もする。彼らには私の要求は厳しかったのかもしれない。だいたい彼らに頼んだのが間違いだった。でも、ここで弱気になっては負けだ。
「てめえ、約束したやろ! 約束を破ったのはそっちだ。だから金は払わない。」
「私たちにはもう不可能だ。チャーター代をくれ。」
 彼らもなかなか引き下がらない。しまいには筋肉質な男の方がだんだん強気になってきた。「金を払え! 300ルピーだ。3時間も走ったんだ!」
 う〜ん、だんだん怖くなってきた。インド人はあまり喧嘩をしない国民と聞いていたが、やっぱり怖い。ここは適当な金額を渡して逃げるのが得策のような気がした。あいにくこまかいお金をあまり持っていなかった。大枚100ルピーを渡して退散することにした。しかし、金を払ってしまったのがよくなかったのか、さらに彼らはしつこくなってきた。
「もう一枚よこせ! 1人100ルピー。2人で200ルピーだ!」
「ノー。おまえらは約束を破った。」
 そういって立ち去ろうとするが、彼らはついてくる。私は、心の中では「どうかついてこないでくれぇ〜」と泣きそうになりながらも、顔だけは怒った表情を保つようにしていた。
 しばらくしたら彼らは私についてこなくなった。
 もうやーめた。なんでこんなことして写真撮らなあかんねん。依頼主には今まで撮影した数枚の写真で我慢してもらおう。

 インドの美人女性探しは諦めて、都会でのショッピングを楽しむことにした。目指すはデリー中心部のビジネス街、コンノートプレイス(町の中心にある大きな公園)だ。リクシャーにとんでもない所に連れてこられたので、ここがどこかもわからないが、いろいろ道を尋ねるうちになんとか町の中心部に着いた。
 さすが首都だけあって、今までの町とは違って実に物が豊富だ。購買意欲をそそられる。年代物のファミコンソフト、プレスト、その他ゲーム各種。はたしてインドで買ったものが日本でも使えるのかどうかわからないが、物は試し。プレステのソフト「TOMB RAIDER 3」を100ルピーで購入した。※16

  ショッピングの後はインド門のあたりまで行ってみることにした。せっかくだから首都の象徴的存在も見ておこうと思った。が、これといって何もないところだった。広い芝生では綺麗な服装をしたカップルがいちゃいちゃしている。物乞いはいない。広い道路を車が行き交っている。今まで見てきたインドとは確かに違った。 夕飯はステーキを食べた。実においしかった。近頃食欲が増大してきている。体調が確実によくなってきているのを感じる。

 
インド門。第一次世界大戦の死者を追悼するための慰霊碑。


※ 注
(16) 日本に持って帰ったが、やっぱり使えなかった、、、


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