頑張れ!バスの運 ちゃん!

1999.3.12

 朝食後、すぐには出発しなかった。ジャイサルメールの城砦が遠く に見えているので、それほど急いで帰る必要もないのだろう。アルンが私を呼んで、言った。
「じゅんいち、手伝ってくれ。今からラクダの食糧置き場の囲いを作りなおしたい。このままだと牛や山羊に食べられてしまうので修理し たい。こっちへ来てくれ。」
 ついていってみれば、50m×50mぐらいの土地に干し草が山のように積まれていて、周囲を有刺鉄線で囲っている。一部、有刺鉄線 がゆるみきっているところもあって、これでは牛や山羊に侵入されてもしかたないような気がした。現に囲いの内側に牛の糞があって、牛 がこの中に入ってきていたことを物語っていた。
 1時間ほどかかって、有刺鉄線でしっかりと干し草のまわりを囲う塀を完成させた。これでジャイサルメールの荒野の平和に貢献できた ことだろう。めでたし、めでたし。

 昼ごろには、ジャイサルメール市街を遠くに眺めることのできる水飲み場(オアシス)に辿り着いた。ここでラクダの旅は終わる。いい バカンスだった。アルンもナランも出会った人達もいい人達ばかりだた。村の少女もかわいかった。そしてなにより星が綺麗だった。アル ンとナランにチップ50ルピーと爪きりとライターをプレゼントして別れた。

 水飲み場にはホテルの従業員の人たちがジープで迎えに来てくれた。怪しい目つきのオカマのインド人もいて、いつものごとく私のすぐ そばに座って、好意のまなざしを私に向けている。彼らは実に陽気。
「ヘイ! キャメルサファリは楽しかったかい?」
「うん、楽しかったよ。星が綺麗だったよ。」
「ところで、ジープを運転したことはあるか? 運転するのは好きか?」
「うん、あるよ。運転するのは好きですよ。」
「よし、じゃあハンドル握って。」
 と言って私にハンドルを握らせると、ホテルの人は急にハンドルを手放した。アクセルとクラッチは彼が踏み、ハンドルは私が持つ。車 1台分の幅のアスファルト道を突っ走っていく。曲がり角にさしかかっても彼はちっとも速度を落とそうとしない。そして速度を落とさな いまま右に急カーブ! ついには前方から車が来た。それでもちっとも速度を落とさない。こいつら正気じゃねえ! チキンレースでもや る気か!? と思ったら、対向車とすれ違う前になんとか運転を変ってくれて、速度もゆるめた。あ〜、怖かった。


一番右が筆者

 ホテルに帰るとさっそくシャワーを浴びることにした。キャメルサ ファリに行っている間は全くシャワーを浴びていなかったので、とてもすっきりした。
 その後、しばらく街をぶらぶらしてみたが、実にいい感じの街だった。路地で遊んでいた少年たちが私に向かって、
「一緒にクリケットをやろう!」
 と声をかけてきて、ルールもよく理解できないまましばらく一緒に遊んだ。
 重い荷物を積んだリヤカーで坂道を登っている人がいると、近くの人が手を貸して一緒に押してあげたりしており、私に対しても、
「おーい、そこの日本人!押すの手伝ってくれ!」
 と声をかけてくる。坂道の上まで辿り着けば、そこで雑談が始まる。こういったインド人の人なつっこさはとても好感がもてる。バスの 出発時間までの間、とても楽しく過ごすことができた。

 バス停まではホテルの人がジープで送ってくれた。いつものオカマも私の隣に座っている。そしていつものように私の手の甲にキスをす る。ホテルの人たちはみんないい人たちなんだけど、こいつだけがやっかいな存在だ。
 夕方5時発ジャイプル行きのバスを、チャーイを飲みながら待った。
「どうだい?このホテルはよかった?」
「うん、よかったよ。」
「OK. Good. ジャイプルへ行くのなら、Shakuntalam Guest Houseに行くといい。あそこはいいホテルだ。そして、これがバスの切符だ。」
「ありがとう」
「おっ、バスが来た。ついて来て。」
 そう言って彼はバスの席まで連れていってくれる。が、案内された席は、席と呼べる場所ではなかった。運転席のすぐ後ろ、普段なら運 転手の荷物置き場にされる場所だった。
「じゃ、ジャイプルでは気をつけて。さよなら。」
「さよなら。」
 あっけなく彼は去っていった。その時、何か違和感を感じた。ん? バスのチケット代は払わなくてよかったのかな? そういえば、ホ テル代も払ってない。宿帳にサインすらしなかった。なんか、肩すかしされたような気がした。常に近寄ってくるインド人をどこか疑いな がらこれまで旅を続けてきたが、ホテル代もバス代もサービスしてくれるとは意外だった。彼らが親切なのか、かなりのどんぶり勘定なの か、ただ忘れていただけなのか、私のキャメルサファリの料金で充分利益を得ていたからなのか…。う〜む。

 なんにせよ、バスは500km先のジャイプル目指して走っている。くわえ煙草の運転手が窓を全開にするもんだから風がもろに私の顔 にもあたり、インドのBGMが大音量で流れる。カーステレオの調子が悪いのか、時々音楽が止まってしまう。そういうとき「やった! ずっと故障しとけ!」と心の中で私は叫んでいたが、手で叩くとなぜかステレオは直ってしまうから不思議だ。私には全て同じ音楽に聞こ える。歌手の声も全て同一人物に聞こえる。やめてくれ〜!もう聞きたくな〜い!
 それに、車内はぎゅうぎゅう詰め。隣の人が私の足の上に足を置いている。つまり踏んでいる。これが日本にはないインド人のやり方な んだと思う。密着しまくってでも、席に座ろうとする。その強引さは、日本のオバタリアン以上だ。へんに気取ってなくていいように思え るが、さすがに足は踏まないでほしい。
 ただ、眺める景色だけは最高だった。地平線に向かってアスファルト道路がどこまでも続いていた。

 数時間走り、外も真っ暗になりつつある時だった。前方からバイクに乗ってやって来た男たちと運転手が、バスを停めてなにやら話をし 始めた。どうやら悪い情報を彼らが持ってきたらく、運転手は困っているようだった。
 20分ほどの休憩の後、バスは今まで来た道をUターンして数分走り、国道らしき大きな道からはずれて細い道に入っていった。とても バスが走るような道ではない。対向車が来たらすれ違うことはできないだろう。いったいバスはどこに向かおうとしているのか。
「何が起こっているの?」
 隣席のおじさんに質問してみたが、なまりが強くてあまり言葉が理解できない。なんべんも聞きなおしてやっと理解できた言葉が 「Way is block.」と「ストライキ」だけ。どうやらバス道が通行止めになっているので、こんな細い脇道を走ることになったことだけはわかった。
 バスはどんどん細い道に入っていく。そして、恐れていたとおりの事態におちいってしまった。道がなくなった。いや、正確に言えば道 はあるのだが、バスが通れるような道がなくなった。バスはしかたなくちょっと広い場所で方向転換しようとするのだが、これがもう大 変! バスの入り口付近にいた男性十数人が外へ出て、バスの方向転換を手伝っている。おそらく「オーライ、オーライ」などと言ってい る。バスにはパワステなどという便利なものがついていないのか、運転手は汗だくになりながらハンドルを回している。頑張れ!バスの運 ちゃん!
 さて、方向転換に成功しても、通れる道はなかなか見つからない。乗客も外に出て通れそうな道を探しに行った。夜の闇のせいで遠くま で見通すことができない。ジープなどは悪路でも平気で荒野を走っていくが、バスがジープと同じ道を走れば底を擦ってしまうだろう。そ うこうしているうちに、この細い道に、大通りを通れなかった貨物トラックや大型バスがどんどん集まってきて、身動きがさらにしずらく なってきた。いったいジャイプルにたどり着けるのだろうか?
 そんなこんなで1時間はうろうろした。運転手の顔つきが変った。ついに運転手は封鎖されている道路を強行突破することを決心したよ うだった。このままではらちがあかないと思ったのだろう。バスは細い道を引き返し、もとの大通りに戻っていった。
 しばらく走ると、道の前方になにか見えてきた。なんかわくわくしてきた。近づくにつれて次第に状況が見えてきた。たくさんの男たち が大騒ぎしていて、道にガラス瓶や砂袋のようなものをばら撒いている。無理すればなんとかバスでも通り抜けられそうだ。バスの乗客も 静かに黙って前方の状況を観察している。
 バスは速度をゆるめることなく、封鎖地点に向けて突っ込んでいく。道路に砂袋とガラス瓶が散乱している。バスが突っ込んでいくと大 騒ぎしていた連中は道路の脇によけていく。バスは砂袋などの比較的少ないポイントを選んで通り抜けようとする。バスの側面にガラス瓶 が投げつけられて、ガラスの割れる音が聞こえた。少しびっくりした。乗客のインド人たちは平然としているからきっと大丈夫なんだろう けど、私にはちょっと怖い。砂袋を乗り越えるときに少しバスが振動したが、それほど大きな衝撃はなかった。無事、バスは通り抜けるこ とができた。
 隣席のおじさんに
「彼らは何者?」
 と質問するが、彼の言うことはちっとも理解できない。はたしてあの集団は何だったのだろう。たんなるストライキ※14だっ たのか。う〜む、謎だ。

※ 注
(14) 後で調べたところ、やはりストライキだと思われます。政府などに対する抗議行動の一つとして道路を封鎖する ことが時々あるそうです。


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