下痢の洗礼

1999.3.3

 今までべつに避けてきたわけではないが、ついに火葬場のガートへ 行くことにした。人間の死体が焼かれるのを見るのはあまり気持ちのいいものじゃないが、とりあえずバナーラスに来たからには見ておこ うと思った。
 火葬場に着いた。まだ死体焼却作業は始まっていないみたいだった。やがて、死体を焼くのが仕事だという男が寄ってきて、いろいろな ことを私に教えてくれた。死体が燃え尽きるには3時間ぐらいかかり、その後に残る骨と灰は、聖なる河ガンジスに流すのだという。お金 がなくて薪を買えない者は、途中まで燃やして、多少人間の形を残したまま河に流すようだ。そういえば、今も昨日残った灰を河に流して いるようだ。
 やがて、竹で組まれた担架のようなものに乗せられて、死体は運ばれてきた。事前に聞いた話では、布でくるまれていて顔など見ること はできないということだった。しかし、その死体は、顔と足がむき出しになっていて、すぐにそれが老人だとわかった。やがてそれが、 キャンプファイヤーのように組まれた薪の上に降ろされた。足がだらっと垂れ下がったのがなんとも気持ち悪い。何が行われているかは、 さっきからずっと私のそばにいる男が教えてくれた。
「あれは老人だよ。そのそばにいる彼らが家族、そして、あのお祈りしてるのが僧侶だよ。もうすぐ始まるよ。ほら、あそこにあるのが聖 なる火だよ。もうすぐあの火を点火するよ。」
 そして、その通り、薪に火がつけられ、少しずつ燃えだした。私の目の前10m程で死体が燃えている。太股のあたりが景気よく燃えて いるらしく、膝から下の足がぽろっと地面に落ちた。その足を僧侶が棒で拾って、火の中に放り込んだ。やがて、身体の中心部がよく燃え てくると、今度は頭部の方にも火がまわるようになり、まずは髪の毛が燃え、次に顔の皮が燃え、頭蓋骨が見えてきた。ここまでくるの に、点火から約1時間。ここまで見ればもう十分だろう。
 隣の男もうっとうしくなってきた。しきりに金を要求するようになってきた。カルカッタのカーリー寺院と同じようなことがここでも行 われようとしている。
「人間を焼くにはたくさんの薪が必要だ。薪代を払え。おまえはここに長くいすぎている。薪代を払わないなら出て行け! Get out!」
 今まで適当にあしらってきたが、だんだんむかついてきた。こういう手段でお金を稼ごうとする奴は大嫌いだ。寄付したくなったらあの 僧侶に払う。誰がおまえに払うものか。金が欲しければちゃんと働け! そういうせこい手段でお金を稼ごうとする奴は嫌いだ。
「あんなに長くいたのに薪代を払わないなんてなんて奴だ。You are crasy!」
 あー、クレイジーでおおいにけっこう。というわけでこんなところはおさらばすることにした。

 バナーラスは過ごしやすい街だった。日の出を見て、屋上レストランでのんびりと過ごし、ガートに行けば子どもたちが遊んでくれる。 もっと滞在していたかったが、ここでのんびりしすぎるのも考えものだ。次の街に行けばもっと刺激的な出来事に出会うかもしれない。
 昼前にはチェックアウトして、駅に向かうことにした。リクシャーに乗る前に、両替しておこうと思って、スヌという少年に連れられて 両替屋に行った。東京三菱銀行発行のT/Cを両替してくれる銀行は少ないと聞いていたが、ちゃんと両替してくれた。だんだんインド人 との付合い方がわかってきたような気がする。もちろんチップは必要だろうが、希望を言えばちゃんとその場所に連れて行ってくれる。
 リクシャーに乗るときは、できるだけ弱そうな老人をつかまえるようにした。そうすればいざもめごとになっても、勝てるし、逃げるこ ともできるような気がした。この調子で旅の終わりまで大きなトラブルなくすめば嬉しい限りだ。

 午前11時頃には、バナーラス駅の外国人用鉄道予約センターに着 いた。1時間ほど待ってやっと順番がまわってきた。理想としては、今日の深夜特急でアーグラーに行きたかった。しかし、今晩発の列車 は満席で、明日なら空席があるということだった。カルカッタ〜ガヤの時のように、無予約乗車をすることも考えたが、今日の私は少し弱 気だった。明日の列車で納得してしまった。若干の倦怠感が私の身体を支配していたせいもあった。急がなくてもいいや、今日はゆっくり して明日出発にしよう。
 そういうわけで、駅前のホテル、Tourist Bungalowにチェックインした。ドミトリーで50ルピー。まあまあの値段だろう。とりあえず荷物をおろしてゆっくりした。
 おならがしたくなった。部屋には他に客もいないことだし、気兼ねする必要はなかった。「プーッ」と気持ちのいいおならの音がする予 定だった。しかし!予想に反して、お尻からなにか熱いものが出てきたような気がした。もしや! あわててトイレに駆けこんだ。悪い予 想が的中した。恥ずかしながらこの歳になってうんこをもらしてしまった。そして、便器に座ると、完全なる下痢!茶色い水がとめどなく お尻からあふれ出てくる。出るわ出るわ茶色い水。だんだん怖くなってくる。不思議なことにお腹はぜんぜん痛くない。ますます怖くなっ てくる。
 トイレを出てから、あわてて『地球の歩き方』の病気の項をチェックする。下痢には二種類あり、一つは食物不適合による下痢。もう一 つは細菌性・感染性の下痢だった。「水っぽい下痢が止まらないときはアメーバ赤痢の可能性がある」とも書かれていた。が〜ん・・・赤 痢なんてなったら大変だ。入社式に出席できなくなってしまう。あ〜、困った困った、ど〜しよ〜。水っぽいなんてどころじゃない。完全 に水だ。茶色い水だ。わ〜、やば〜い。どうりで倦怠感があるはずだ。「やがてイチゴゼリー状の粘液血便がみられ・・・」とも書かれて いるから、どうかそのようなものがお尻から出てこないことを祈るばかりだ。
 下痢は一時間おきぐらいにやってきた。今晩の列車に乗らなくて正解だった。乗っていたら大変なことになっていただろう。とりあえず 日本から持ってきた下痢止めの薬を飲んで、ゆっくり休息をとることにした。

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