ホーリー

1999.3.2

 朝食をとろうと思って、屋上レストランに行った。それが失敗だっ た。ホテルの中は安全だと思ったのがバカだった。ホテルの従業員がホーリーの雰囲気に浮かれ騒いでいたのだ。今日はおとなしくホテル の中で過ごそうと考えていたのに、ホテルの中すら危険な雰囲気であることがわかった。注文した料理が出てくるのを待っていたら、出て きたのは、色水と色粉の攻撃だった.顔も服も赤や青に染まってしまった。我関せずといった感じで静かにチャーイを飲んでいる一人の白 人女性を除いて、レストランにやってくる客のほとんどが服や顔に色水をかけられていた。日本人女性などはいい標的だった。どさくさに まぎれて胸も触られていたんじゃないかと思う。インドの若者もけっこうスケベだ。日本の女性もそれに気づいているんだろうか。
 さて、こんな調子では、どこにいたっていっしょである。もういったん汚れてしまったのだからやるとこまでやってみよう。というわけ で、ドミトリーのみんなと協議の結果、ホテルの外に出てみることにした。最初はホテルの主人も反対していたが、「しかたないなぁ、日 本のバカどもは。」といったような顔をして、玄関の鍵を開けてくれた。
 一歩外に出たとたん、上からバケツいっぱいの赤い水が降ってくる。我々の目標はガートまで行ってみることだったが、はたして無事た どり着けるだろうか。地面は水浸し、牛の糞まみれで、非常に滑りやすくなっている。そして、建物の二階や三階の人は、水鉄砲やバケツ を持って、通りかかり人を今か今かと待ち受けている。我々はその中を走り抜け、水をかぶり、ガートに辿り着いた。そして、ガートでは やんちゃなお子様に水をかけられ、顔に粉を塗られた。なかには服を破られている人もいた。全身が染まった。恐るべしホーリー!
 午後には、身体と服を洗う作業が待っていた。

戦いの後に、みんなで記念撮影。筆者は右から2番目。
 
屋上には野ザルが徘徊。
洗濯物にはレンガを置いておかないと、
サルが洗濯物を持っていってしまう。


 昼を過ぎると、ホーリーの騒ぎもすっかり収まって、街は静けさを取り戻したようだった。人々は汚れた服から、新しくてきれいな服に 着替える。そういうお祭りなのだという。
 夕方になって、加藤君と二人でガートに行ってみた。戦いの跡は残っているが、きれいな服を着た人が多い。女性の姿もあちこちで見か ける。
 沈む夕日を見るためにボートにも乗ってみた。サドゥーと呼ばれるヒンズー教の修行者がガンジス川に向かってお祈りのようなものをし ていた。彼を多くの人々が静かに取り囲んでいた。これがホーリーで大騒ぎしていた人々と同一人物だろうかと疑いたくなった。

 ボートから降りてホテルに戻ろうとすると、一人の少年が声をかけてきた。ただの客引きだと思った。しかし、ただの客引きとは少し 違った。彼は、自分がテレビ版『深夜特急』※8に出演して神様を売っていたモケという名の子どもだと言った。 私はあまり記憶になかったが、加藤君はよく覚えていたらしく、
「おー、『深夜特急』に出てたモケか! でもこんな大人やったっけ?」
 と言い、それに対して少年は、
「あの時は子どもだった。今は大人になった。」
 と答えた。そのモケ(実は本当かどうか疑わしい)が、クルターを買えるお店に連れてってやるというので、私たちはついていくことに した。お土産に一着ぐらい買ってもいいだろう。
 店に着いたら、インド人にしては珍しく押しの弱い店長が出てきた。チャーイをすすめられて、和やかムードでいろいろな服を見た。し かし、どれもこれも高い! サリーやシルクのクルターなどを売ろうとするが、洗濯のめんどくさいシルクには興味がない。私にはジャブ ジャブ気がねなく洗えるコットンが一番だ。それになんといっても安いし。結局320ルピーで交渉が成立し、一着のクルター&パジャー マーを買うことにした。なんとなく、店長の人となりと、加藤君の「これはたぶん質がいいよ。これ以上安い店で買っても質の悪いのしか 買えないよ。」という言葉を信じてその値段で買ってしまったが、この値段は相場より高かったかもしれない。

 今晩の食事では、スペインに10年以上住んでいたという日本人夫婦と同席して、いろいろと楽しい話を聞かせてもらった。若い頃から 外国を旅して生きてきて、今は収入も少なく安定していない。一応、画家ではあるが、奥さんの稼ぎなしでは生きていけないのだという。 「豊かな青春、惨めな老後」というバックパッカーには有名な言葉があるが、それを体現しているような夫婦だった。でも、悲壮感はまっ たく感じられなかった。こういう行き方もあるのだと思った。

 出会いがあれば別れもあり、カルカッタからここまで行動をともにしてきた今安くんは、今晩の列車でアーグラーに向かった。ついに彼 も今日、下痢になったと言っていたが、大丈夫なんだろうか、そんな身体で列車に乗っても。それが少し気がかりだ。そして私自身の身体 についても少し心配になってきた。W大探検部の彼、今安くん、とくれば次は私のような気がしてきた・・・

※ 注
(8) 『劇的紀行 深夜特急』、名古屋テレビ、1996〜1998年放送、沢木耕太郎原作、大沢たかお他出演。モケを名乗って観光客をつかまえる客引きは多いらしく、この少年も本当かどうか 疑わしい。


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