靴磨きの少年
1999.2.26
ストライキは一応行われていた。多くの店が閉まっている。しか
し、電車もバスも動いているし、一部レストランも営業している。生活するには何も困らない。安心した。
私は、今晩に備えて、チェックアウトタイムの10時までホテルでゆっくり休むことにした。10時になったら昨日と同じBlue
Sky Cafeで食事。そこからどこに行こうか迷うところだが、とりあえずタイ国際航空のオフィスへ向かうことにする。
ストライキとはいえ、バクシーシを求める人々には関係ない。身なりのいい女性二人に声をかけられ、しばらく会話を続けたが、最後に
は「Give me money.」と言われた。がっかり。お金目的以外のインド人となかなか仲良くなれないなあ。
タイ国際航空があるはずの場所についたが、どこにも看板がない。近くの人に場所を尋ねてみた。
「タイ国際航空はどこでしょうか?」
「ここだよ。でも、ストライキで閉まってるよ。何の用事で来たのだ?」
「リコンファームしようと思ってきたんです。」
「そうか、じゃあ開けてやるよ。」
「えっ!?」
なんと私は運良くタイ国際航空の職員に声をかけたのだった。鍵を開けてリコンファームの手続きを済ました。てきとーなストライキだ
な。いいのか?そんなことで。
それから、インド博物館へ入ろうとするが、入場料を見てびっくりした。インド人の入場料は5ルピー、外国人の入場料は50ルピー。
納得いかなくて、外をぶらぶらすることにするが、またインド人が声をかけてくる。カルカッタ観光に来ているという会社員で、
「私は日本語を勉強したい。あなたは英語を勉強したい。喋ろう。No problem。」
などと言ってきて、チャーイをすすめられる。そして、言葉巧みにサリー屋へと連れていこうとする。あ〜、外にいたらこんな人ばっかり
やってくる。ゆっくりしたい。そう思って結局インド博物館でのんびり時間を過ごすことにした。
博物館のベンチで休んでいたら、またもやインド人が隣りに座って喋りかけてきた。カルカッタの大学で経営学を学んでいるという学生
だった。今度はどこか、これまでのインド人とは雰囲気が違った。穏やかな喋り方で、私に何かを強要したりはしない。やっといいインド
人に出会えた気がして嬉しかった。話は弾んで、核兵器の是非についても質問してみた。話題としてはちょっと危険な内容かもしれないと
思ったが(参考:1998年5月に隣国パキスタンは核保有を宣言した)、インドの学生の意識を知りたかった。
「核兵器は良くない。私は嫌いだ。しかし、核兵器が平和を維持しているのも事実であり、必要悪だと思う。そして、それによって人類が
滅んでしまうとしたら悲しいことだね。」
との返事だった。パキスタンについてどう考えているのか聞いてみたかったが、これ以上の質問はやめておこうと思った。気分を害し
て、喧嘩にでもなったら嫌だしなあ。
夕食後、公園で座ってクリケットを眺めていたら、青年から声をかけられた。彼も、何も私に要求せず、どこにも連れていこうとしな
い。ただ会話を楽しんだ。私はインド人を警戒しすぎていたのかもしれない。
待ち合わせの時間の午後6時、今安くんはすでにSalvation
Armyの前で待っていた。彼とフェリーに乗って川を渡り、ハウラー駅(カルカッタで一番大きい駅)にたどり着く。大都会だというのに、カルカッタの夜は暗い。日本が明る
すぎるのかもしれない。
さて、ハウラー駅についた我々は、一応鉄道予約センターに行ってみるが、予想通り、満席と言われた。ダフ屋が「ファーストクラスの
席を売るよ」と言ってしつこいが、お金がもったいなくてダフ屋の切符を買う気にはならない。
インドの列車は大きく三つの等級にわかれていると言われている。一番上がエアコン付きの「AC」クラス、次に「ファースト」、一番
下が「セカンド」というわけだ。ACとセカンドの運賃差は10倍以上あり、我々が求めていたのは、セカンドクラスの寝台だった。貧乏
旅行者はたいがいこの車両を選択する。しかし、『地球の歩き方』にはこの車両についてろくなことが書かれていない。目を離したすきに
荷物を盗られた、財布をすられた、睡眠薬を飲まさせられた、etc...。
初めてのインドの列車で右も左もわからない我々二人にずっとつきまとう靴磨きの10才ぐらいの少年がいた。いかにも悪人面のダフ屋
と違って、彼はとてもかわいくて、愛嬌があった。時刻表を買いたいと言えば、売場まで連れていってくれ、チケットを買いたいと言え
ば、また売場まで連れていってくれた。少年は言った。
「どうしてファーストクラスの切符を買わないの?」
「そんなにお金持ってないんだよ。」
「乗車券買っても、予約席券はもう売りきれだよ。それでもいいの?」
「うん。」
「じゃあ、こっちだよ。ここで乗車券を買うといいよ。」
と言って、我々を切符売場に案内してくれた。
「ほら、見て見て! 列車のチケット見つけたよ! これあげるよ。」
と、その辺に落ちていた使用済みのバスの切符を見せて、冗談っぽく少年は言った。
「おー、ありがとう!」
と私が手を出すと、少年は切符を破り捨て、
「あ〜、破れちゃった。あ〜ぁ、残念だったね。せっかくのチケットだったのに。」
そのしぐさがなんともかわいらしい。
ともかく、切符は買えた。さて、今度はどの列車に乗ればいいのかわからない。
「どこまで行きたいの?」
「ガヤ駅に行きたいんだ。」
「じゃあ、あの列車に乗るといいよ。ファーストクラスに連れていってあげるよ。」
「いや、僕達は二等寝台に乗りたいんだ。」
「え〜、二等寝台はスリがでるよ。それにぎゅうぎゅう詰めだよ。それでもいいの? 荷物盗られるかもしれないよ。ファーストクラスは
快適だよ。」
「それでも僕達は二等寝台に乗りたい。」
「うん。じゃあわかった。」
そう言って、少年は靴磨きの道具を抱えてどんどん歩いていく。その後に我々はついていった。少年は列車に貼ってある座席予約表を
チェックしてから、我々を二等寝台の席へと案内した。
「この席とこの席なら空いてるよ。ここで寝るといいよ。」
「ありがとう。助かったよ。」
私たちは助けられたことに対して本当に感謝していた。
「Give me money.」
予想していた通りだった。かわいいこの少年もやはり最後にお金を要求してきた。しかし、これは正当な要求だと感じた。私と今安くん
とで1ルピーずつ渡すことにした。彼には助けられた。お金をあげると少年は去っていったが、もっとあげてもよかったんじゃないかと二
人で後悔した。かわいい少年だった。子どもはなんだか憎めない。
車内は薄暗い。少年に教えられた通り、荷物を盗られないために自転車用ワイヤーロックで、荷物と鉄柱をつないだ。暑い国とはいえ、
夜は結構冷え込む。寝袋の中に入り込む。何の前触れもアナウンスもなく、列車はゆっくりと動き出した。
この席を予約している乗客は来ないんだろうか? 車掌に怒られたりしないだろうか? 本当にガヤ駅に着くんだろうか? 寝てる間に
荷物が盗まれたりしないだろうか? そんな不安を抱えながらもいつしか私たちは眠ってしまった。
夜の12時ぐらいだったろうか、車掌に起こされた。
「チケットを見せてください。」
おそるおそる乗車券を見せる。怒られるのか? 列車からつまみだされるのか?
「100ルピーずつ払ってください。」
べつに怒っているような感じではない。104ルピーで乗車券を買ったから、それとほぼ同じぐらいの金額を請求されたのである。お金
を渡すと何事もなかったかのように車掌は去っていった。よくあることなのだろうか、それとも賄賂みたいなもんだろうか。なーんや、簡
単やん! 列車の予約が取れないと嘆いていた、カルカッタの鉄道予約センターの日本人旅行者にも教えてあげたい。お金の力はすばらし
い! やっぱり世の中、ゼニだぜ!
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